「日本文化は、なぜブームで終るのか。」#2

さて「日本文化は、なぜブームで終るのか。」意見広告には、各関連団体19名の代表者の方のコメントが掲載されておりました。おそらく、保護期間延長に賛成のサポーティブな意見だと思われるのですが、うーんこれがまた、保護期間延長問題とどう関係があるのかちょっと理解できないものもありました。どの方も著名な方ばかりで、私よりもはるかに博識もありこの問題に対して深く考えていらっしゃる方々だと思うのですが…。

船村 徹
作曲家
(社)日本音楽著作権協会JASRAC)会長

命を削る思いで作った作品も、人々に拍手で迎えられる物は稀です。世に知ら
れることなく消えていった作品は数えきれません。ひとつでも多くの作品が歌
い継がれ、人々の生活に息衝くものとして、長く保護されることは、私どもの
生き甲斐であり、願いです。

保護期間が延長されれば「ひとつでも多くの作品が歌い継がれ、人々の生活に息衝くもの」とされるのでしょうか? 私の勉強したところによると、保護期間を無闇に延長することはむしろ死蔵作品を多く作り出してしまう可能性がある、とのことでした。著作者が生きているうちは著作者がコントロールできるのですが、著作権は、著作者の「没後」も保護されています。私の理解するところの「著作権」の行使を、著作者の遺族が管理することになります。それは必ずしも、著作者の意図すると事ではなかったりする可能性があるのです。亡くなった方にはお聞きする事はできませんからね…。

命を削って作られているものは、作品だけではないと思います。そばだってうどんだって、机だって車だって、子育てだってそうです、何かを育てるには世に出すには、並々ならぬ人の営みが掛けられていると思います。できればその努力が全て報われて欲しいと思いますが、努力だけが評価される世の中ではありませんから、残念ですけど。だからせめて、「ひとつでも多くの作品が歌い継がれ、人々の生活に息衝くもの」になるようなシステム、というか、世界(社会?)は残しておきたいなと、思います。

田沼 武能
写真家
有限責任中間法人 日本写真家著作権協会 会長

著作権は人類全てが平等、対等に持つことができるすばらしい権利です。それ
だけに権利が保護される期間も、できるだけ共通であるべきです。世界の主要
国が70年で歩調を合わせているいま、わが国が遅れをとることは、知的財産の
輸出国をめざす日本として如何なものかと思います。

著作権が、私の言うところの「著作権」であれば、田沼氏のおっしゃっていることに賛同します。しかし、著作権が「他人がその著作物を無断でコピーすることを禁じる権利のこと」であるとすれば、人類全てが平等、対等かというと、そうではないような気がします。そんなこと言っていられない、活きるか死ぬかの生活をしている国の人々も、います。食べ物の値段、教育に掛かるお金、医療費など、それらの大切さは人類皆同じなのに、どこの国でも値段や価値基準はばらばらです。著作権に関して、単純に、保護期間を同じにすれば丸く収まる、というわけではないように思います。

著作権のすばらしさ=「できるだけ共通であるべき」、と飛躍するこの論理がわかりません。何故共通であるべきなのでしょう? また、「世界の主要国が70年で歩調を合わせている」から日本も70年にする、というのは、思考の停止ではないですか? 70年にしないと遅れを取っていることになるのですか? 著作権保護期間が長ければ長い方が進んでいるのですか? 

各国が70年70年というから、日本も70年にする、というのですか? なら、各国が軍隊を持つから核を持つから、日本も軍隊を持ったり核を持ったりする、のでしょうか? その理由が明らかにされることなしに? それでいいのでしょうか?

充分な議論を尽くすことなく、他所の国もそうだからという理由で保護期間を延長してしまうことのほうが、よっぽど如何なものかと思います。

丹野 章
写真家
㈿日本写真家ユニオン 理事長

著作物の作者は永遠に作者であるように、著作権も永久であるべきです。しかし
現在の作家に恩恵が及ぶわけではないので、ある時期から先は許諾不用の有償制
として若い創作者の支援に充てるべきです。それにしても保護期間延長は先ず必
要なことです。

著作権が、私の言うところの「著作権」であれば、はい、何年たっても「この作品の作者は○○だ」という事実は変わらないと思います。「ある時期から先は許諾不用の有償制」として、その作品の使用料は誰が貰うでもなく「若い創作者の支援に充てる」、いいですね! そのようなシステムができることを切に望みます。

で、「それにしても保護期間延長は先ず必要なこと」? え、だから…その理由は何ですか?

服部 克久
作曲家
日本音楽作家団体協議会(FCA) 会長

知財立国がさけばれるなか、我々著作者は質の高い作品創りを目指して頑張って
います。ネットの普及により作品が瞬時に国境を越えて行くこの時代、せめて国
際的に同じ土俵で戦わせて下さい。戦時加算の廃止と保護期間の延長とを強く訴
えます。

著作者のみなさんが質の高い作品創りを目指しているのは、知財立国の為ですか…。なんかちょっと寂しく思いました。

保護期間を延長すれば、国際的に同じ土俵で戦うことになるのですか? 戦いって、何ですか? 何と戦っているのですか? さっぱりわけがわかりません。すみません。

たか たかし
作詩家
㈳日本作詩家協会 理事長

著作権の保護期間延長に反対する人たちは、創作者への尊敬・礼儀を著しく欠く
昨今の情況に片目をつぶって、専ら利便性・経済性の面からのみ主張する。著作
権の延長は、著作物を再利用して新しい創作物を生み出す上で何の障害にもなら
ないことを強調したい。

おや、「経済性の面からのみ」でしたら、先の服部氏もそうですね、知財立国のために保護期間の延長を、とおっしゃっておられますもんね…。

昨今の「創作者への尊敬・礼儀を著しく欠く」情況は、著作権保護期間が50年だからでしょうか? 著作権保護期間が70年になったら「創作者への尊敬・礼儀を著しく欠く」情況が改善されるのでしょうか? 違うと思います。

私も、なぜ「創作者への尊敬・礼儀を著しく欠く」情況ができてしまったのか、その理由がはっきりとわかりません。自分の見える範囲のことでなら、現在、その作品が好きだから、またはその作品の著者に敬意を払いたいから、その作品にお金を払う、ということが、考えられないもしくは感じられない人がたくさんいる、ということです。それらをタダで手に入る方法が“確立”されてしまったので、「自分だけがお金を払うのはなんかバカみたい」と思う人がいる、ということもあると思います。なんたって今は、「給食費、払わなくてもバックれられるのならウチも払わない」なんていう方がいらっしゃるご時世ですから。私は「著作権の保護期間延長に反対する人たち」のひとりですが、創作者への尊敬・礼儀を著しく欠く昨今の情況に片目をつぶっても両目をつぶってもいません。むしろ、この情況の根源は何なのか、そしてその情況を打開するにはどすればいいのか、技術的に解決する方法があるとすれば自分にそれを作り出すことはできないか、と、血眼にしていると言っても過言ではありません。

著作権の延長は、著作物を再利用して新しい創作物を生み出す上で何の障害にもならないことを強調したい」、強調はいいですけど、どうして障害にならないのか、説明していただきたいです(なお障害に成りうる幾つかの要因については、著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラムの第1回トークイベントにていくつかお聞きし、私はその要因に納得したのですが)。



長くなったので、明日に続きます。