五嶋龍ヴァイオリンリサイタル2009ジャパンツアー@横浜みなとみらいホール

いろんなものをすっ飛ばして簡潔に言うと、

告白った。

だめだった。


っていう週末。

電話で、だったんだけど、電話が終わったあともちろんすぐになんかぜんぜん眠れなくて、眠れないままリサイタルの時間を迎えてしまいました。予習もできなかった。どんな曲を演奏するのかすら調べて行きませんでした。チケットを忘れずに持ってウチを出ることができたのが不思議なくらいです。

しかも、リサイタルの前に母と美術館へ行く約束をしてて、昼から会って横浜の美術館へ行ったのでした。素晴らしい絵画の数々でしたが、あー、全然響いてこない。こういう時に見る絵じゃないよなー、と思いながら進んでいったら、ジャン・グロの『レフカス島のサッフォー』があってびっくり。失恋して崖から身を投げる乙女、という絵。このシチュエーションでこの絵を見るのはキツかったなー。正視できないのに、絵の前から動けなかった。

その美術館にはマグリットの『王様の美術館』もありました。改めてこの絵を直に見たら、この絵に登場する「男性」は昨日電話で話した人みたいだなあ、と思いました。手に届きそうなほど近くにいるのに、その中はとても深くて遠くて、どうしたって届かない感じ。私たちが今いる場所は、叫び出したくなるほど寂しくて真っ暗な場所なので、その人に「こんなところにおいていかないで!」って言いたいのだけれど、きっと私の声は届かないんだろうなあ、と思ってしまう感じ。

絵の前で、ただただ歯を食いしばって、涙が出ないようにしているのがやっとでした。

でも、時間は進む。リサイタルの時間がやってきました。開演前のホールは、龍くんのファン層の広さを物語るかのごとく、いろんな人がいました。普通にちょっと大きめの商店街を歩いている人たちみたい。親子でも、家族連れもいれば母娘とか父息子という親子連れも。子供がまだ小さい親子もいるし、老いた両親を気遣いながらの親子も。そしてホールは、文字通り満席でした。

やがて、拍手に迎えられて龍君と伴奏者のマイケル・ドゥセクさんと踏めくりさんがステージに現れました。龍君はもう以前の細い線はどこにも見られず、がっしりとしてて、落ち着いた佇まいしでた。こんなに人の成長をずっとまじまじと追えるっていうのも貴重な体験だなと思いながら、ステージの中央に進む龍君を見ていました。ジャパンツアーも今日とあと1ステージを残すのみ、昨日はサントリーホールでのコンサートだった、からか、緊張や気負いも見られない感じでした。デカくてがっちりしているけど、色、白っ! 腕、太っ! 龍君がデカくなるにつれ、楽器がだんだん小さくなるように見えるくらい。でも、弓は長いのにしたのかなあ、長く見えました。

音合わせのピアノの、ぽおん、という音が不意に鳴り、続いてヴァイオリンの音が2、3続いて会場に響くと、それまでワクテカしていた雰囲気が一気に静まりました。つばを飲み込む音すら会場中に響くのではないかという静寂。デゥセクさんの方を向いていた龍君が向きを変えるその靴音が聞こえるくらいの静寂です。そうしてたぶん、弓で床を軽くはたく音が聞こえた、と思うんだけど…。その音にハッと気がついた、と同時に、1曲目の演奏が始まりました。

1曲目はベートーベンのヴァイオリン・ソナタの、ああこの曲知ってる、という曲でした。CMとかドラマとかでもよく使われる曲です。どこかで覚えている旋律をたぐりながら、ステージから流れてくる音に耳を澄ませました。なんか…前よりも落ち着いた雰囲気になっていました。縦にも横にもダイナミックに広い演奏なのは相変わらずなのですが、私が龍君の音にもうひとつもっていた印象、どんなに暗い曲でもポジティブなイメージを見せてくれる音、が、そんなに感じられなかったです。おう、龍君もオトナになったのかなあ、と思いました。学校は、まだ休学中なのかな、それとも復学したのかな、とか、今は誰か先生について勉強しているのかな、とか…

それとも、そのときの私は、言葉どころか音楽にさえも心に響かない状態だったのかも、…。

そして、龍君のヴァイオリン以上に、というか、ドゥセクさんとの息がぴったりなのに、思わずこちらの息が止まりそうでした。連日のジャパンツアーをこなしてきたその成果なのでしょうか。録音じゃないかと思えるほど(っていう表現はへんかもしれませんが)。しかし確実に録音じゃない、でない、ダイナミズムがそこにはあって、タメになると会場中の空気をあつめてぎゅっと止めて、また客席に波のよう送り返すような音の満ち引きがありました。1曲が終わったとき、会場中から、溜息とも深呼吸ともつかない息づかいが漏れたのた聞こえました(笑)

2曲め。龍君だけがステージに現れました。でも、いつものようにあごにハンカチをあててヴァイオリンを肩に乗せます。それから2〜3回弓の握りを確かめると、その長い弓の先でかるく床を1回タップして、そのまま弾き始めました。バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ。ソロのはほとんど聞いたことがなく、っていうか前にいつ聞いたのかすら覚えてないしiPodにも入ってないし、なので、新鮮な気持ちで聞く事ができました。これが凄まじかった。パンフレットを見ると、ソロのソナタ1曲を公で弾くのは龍君も初めてのことらしい。挑戦の気概もあるのかぐいぐいと旋律を押していくような感じ、ともすれば聴衆を忘れてどんどん深く深く自分と曲の世界に入っていくような感じがありました。しかし置いてかれている感じは全くなくて。ドキドキしながらついていくような感じでした。演奏が終わると1曲目を上回るような大きな拍手がありました。

休憩後、ミルシュタインのパガニーニアーナ。今日はこれが一番超絶技巧なのかな、と。確かな技術、っていう言い方があるけど、この曲はまるごと1曲、確かでないとぼろぼろと崩れていくような絶妙なバランスのある曲でした、が、龍君は、これをねじ伏せるのではなくて、かといって弾こなすっていうのでもなくて…乗りこなす、という感じかなあ、馬でなくてサーフィンとかスノーボードとかの。次から次へと迫ってくるものを、よけるのではなくて、超えていく感じ…うわこの曲難しいなあ、と驚きながら聞きながら、そこにある確かな曲解釈に耳を澄ますような、そんな感じがしました。

最後の曲は、サン=サーンスのヴァイオリンとピアノのためのソナタ。龍君もドゥセクさんも、余すところなく見せ場がありました。ここでもまた、お二人の息のぴったりとあっているところに、会場中がひとつになってため息をもらす音が聞こえるかのようでした。ときにはせめぎ合ったり駆け引きを見せるような展開のところもあるのだけれど、いい意味でスリル感は全くナシ!でした。気持ちがよかったです。

万感の拍手に何度も何度も迎えられ、アンコールは、1曲目はパガニーニの「ゴッド・セーブ・ザ・キング」による変奏曲(cp9)、2曲目がサン=サーンスの序奏とロンド・カプリチオーソ(op28)でした。パガニーニは、先のアルバムに入っていた曲です。アンコールらしい選曲! サン=サーンスの曲も技術的に難しい曲でしたが、どちらも、アンコールらしく、本編とは違った感じが出ていました。っていうか、本編も本当にすばらしかったのだけれど、なんかこの2曲が、いつもの龍君っぽくって、なぜかわからないけどとてもほっとしました。何か龍君どんどんオトナになって行っちゃって、ああこうやって人は遠くへ行ってしまうのかなー、なんて勝手に思ってて(それまでだって別に龍君が私の近くにいたわけじゃないのにね)、どんどん素晴らしいヴァイオリニストになっていく龍君に嬉しく思い楽しみに思ってもいるのですが、寂しくも、思っていたのだと思います。いろんな…意味で。どんどん成長していく人を見て、そうじゃない自分を見て、とか、その行く手にはいろんな未来が広がっている人を見て、そうじゃない自分を見て、とか。そういうのもあるのかも。ましてや今の自分は…。でも、アンコールの龍君の演奏だけが、言葉のように私の心に染み入ってきて、気がついたら涙が出ていました。そしてそのとき初めて、演奏している龍君の姿をちゃんと見たような気がしました。

今の私はどうしていいのか全くわからないけど、龍君はいつもそうやって、誰にも等しく希望を届けることができる人なんだと思いました。こんなに希望とか未来とか信じられない私にも。でも、それがかえって辛かったです。ほんとに。感じることはできてもそれを手の中にとめておくことはできない、できなかった。届いてすらなかったのかも。ああ、いっそ知らなければよかったのに…。でも…。

とてもすばらしいコンサートでした。でも、私は、今にも膝をついて倒れてしまいそうなくらいに、ぐらぐらした気持ちを抱えて会場を後にしました。