東京オペラの森 -チャイコフスキーとその時代- 室内楽公演 @ 東京文化会館

今回のプログラムは、誰かが私の為にセットしてくれたとしか思えないものでした。JR上野駅公演口前にある東京文化会館。ここの小ホール、小ホールの中で一番好きなホールです。ホールへのプロムナード、ホールの天井の高さ、ホールの壁の感じ、客席の緩いスロープ、全てが独特で、好きなのです。そのホールで、マイ室内楽ベストワンとツーの曲が同じ日に同じプログラムで聞けるっていうのです。特に、70番の第2と48番の第1は、自分の葬式にかけてもらいたいくらい好きな曲。そして、音楽監督小澤征爾

誰に言っていいのかわからないけど、ありがとう(泣)!

マイ室内楽ベストワンとツーの曲と言いつつ、生で聞くのは今日は初めてでした。プログラムで演奏者を見てみたら、以前聞いたことがある人は2人くらいでした。初ものづくしでした。

前半は、チャイコフスキー弦楽六重奏ニ短調op.70「フィレンツェの想い出」。第1楽章:アレグロ・コン・スピリートの出だし、音のふくよかさにど肝を抜かれました(って、なんか合わない日本語ですけど)。演奏者のみなさん、さすが、蒼々たるメンバーなだけあります。どの方もコンクールで入賞したり、どっかのオケでコンマスしてたり、小澤征爾音楽塾やサイトウ・キネンPMFに参加している人たちばかり。そのテクニックはシロウトの私が聞いても神降臨な感じでした。特にこの曲は、技巧的なところも多い曲。そういった意味でとても現代的な響きのある曲なのですが、すごいテクだなと思う前に、音の厚みというか豊かな表現が胸に迫り、シートにぐっと押しつけられるようでした。主題が繰り返される度に訪れるageな部分、何度も出てくるのですが、一糸も乱れません。恐ろしいほどでした。

第1楽章が終って第2楽章:アダージョカンタービレ・エ・コン・モート。ああ、この曲を生で聞くことをどんなに楽しみにしていたことか! 全ての弦がハモって同じメロディーを奏でる出だしを聞いた瞬間、涙が出ました。すばらしすぎて! この人間たちはかくも豊かな表現をすることができのか、と。私の大好きな曲が、生き生きとよみがえり、胸に迫り、また引いていき、また迫る。言葉ではこれは表現できないなと思いました。これは…確かに、音楽でしかできないことだと思いました。

もう何度も何度もCDで聞いている曲で、私はそのバージョンが大好きなのですが、今日の演奏はそのバージョンと違ってまた格別すばらしかったです。私がCDで聞いているバージョンは、もっと悲しみが深い感じがするのですが、今日の演奏は、豊かさとか丸みとかが感じられるものでした。そして、これは…今宵限りのメンバーなんだよなあ。もったいなさすぎる(泣) また聞きたい。何度でも聞きたい。ああ今日の演奏、録音されていないのかな…。

休憩を挟んで後半、今度は、先ほどよりも人数が増え、チェロとバス以外は立って弾くポジションでした。

弦楽合奏のためのセレナードハ長調op.48。第1楽章:ソナチネ形式の小曲。葬式にリクエストするにはちょっと明るい感じの曲(^_^;)なのですが、ああ、やっぱり豊かで、シートにずっぽりと深く収まって深呼吸をすると、そのままシートに溶け込んでしまいそうになりました。

立って弾くメンバーのみなさんを見る楽しみもありました。指揮者がいない室内楽、どうやって合わせているのかなあ、と観察するつもりで見ていたのですが、その観察欲を忘れさせてくれるほどの表現がありました。みなさん、驚くほど自由に演奏されていました。あれでほんとに、どうしてあんなにぴたりと合うのかと思いました。もうさすがとしか言いようがありません。

アンコールで、第2楽章:ワルツをもう一度演奏してくれました。アンコールは特に事前に決めてなかったようで、ステージに出て、止むことのない拍手の中、メンバーのみなさんが輪になって、うん、うん、と相づちを打ってもとのポジションに戻ると、バンマスの人が、ではもう一度第2楽章をやります、と言って演奏を始めました。本番のときよりものびのびと自由で、もっと明るい感じになってて、アンコールらしいなあ!と思いました。

ああ、至福の時でした。ホールを出て、すっかり暗くなった表に出たら、また思い出して涙が出てくるほどでした。それでちょっと上野の森を歩いてから帰りました。桜がはらはらと舞い散る様が、さっき聞いた豊かさとダブり、いつまでたっても涙が止まらず、私はいつまでたっても電車に乗れませんでした。

1曲目が始まる前、視界の左はじに何か気配を感じて振り返ってみたら、いちばん後ろの非常口の近くに小澤征爾さんがおられました。テレビで見たことのある赤いカーディガンを着て、チェーンのついたメガネを首から下げて。グレーのぼさぼさ髪。見間違えようがありません。開演ぎりぎりの時間にちょうどきたところのようでした。

関係者の方に空いている席に座るように勧められたところを、ぱっと手を振って断り、腕組みをしたまま立っておられました。

別な関係者の方が、慌ててパイプイスのようなものを持ってきたら、それに腰を下ろしました。そして、髪を2、3回掻き揚げて、ぐぐっと全景姿勢になってステージを見据えました。

音楽監督というスタッフだから客席に座らないんだなあ。メインでないプログラムだけど自分の監督の名前が入ったプログラムだから見に来たのだなあ。マエストロのマエストロたるその姿勢に心打たれました。

1曲目が終ってそっと後ろを振り返ってみたら、もうそこに、マエストロの姿はありませんでした。