五嶋龍ヴァイオリン・リサイタル2006@サントリーホール

五嶋龍くんのヴァイオリン・リサイタルに行ってきました。会場はサントリーホール。10年以上ぶりのサントリーホールで、赤坂のあの辺りは留学前に留学カウンセリングの事務所があったのでよく通ったところで、懐かしかったです。留学が決まってから準備までほんとどたばたで、ホールの前の噴水のあるところでほっと息をついて狭い空を眺めるのが、割と好きだったことを思い出しました。

現在、17歳の龍くん。ハーバード大学への進学も決まり高校とジュリアードのプレカレッジを卒業してこの夏は大学入学までの自由な時間であるはずなのに、このジャパン・ツアーを始め、演奏家として数々の活動が予定されている模様。こちらとしては嬉しいのですが、大学のハードな生活が始まる前に、ちょっと羽を伸ばさなくてもいいのかなあ、大丈夫かなあと、人ごとながら心配になってしまいます。

ちょっと早めにホールについて、ラウンジで軽食、これmy定番。今日は成城石井でずんだマメのあんぱんとベーグルを買っていきました。ラウンジでアイスコーヒーを買って(全部持ち込みじゃさすがにホールに悪いかなと思って)、ラウンジのざわざわを楽しむ…だんだんどきどきしてきます。

ロックとか普通ののコンサートとちょっと違うかなというところは、ホールにプレゼントや花束を受け取るコーナーがある、ってところかな。私がホールに着いたころにはすでに、紙袋や花束がうずたかく積まれていました。

私の今回の席は、舞台向かって、右の、2階席。1階が売り切れや値段が高くて取れないときは、ここがベストなのです。オザワ・ホールでコンサートを聴く時も、この席を好んで取っていました。なぜここかっていうと、指揮者とかソリストが楽屋から出てくるところが見えるのが好きなのです。

今日のリサイタルは、ピアノ伴奏はマイケル・ドゥセクさん、という方でした。

開演まで、ホールのざわざわを聴きながら、ツアーパンフレットを読みながら、のんびり開演を待ちました。

開演時間になり、客電が落ち、龍くんがステージに現れました。龍くんは、実に堂々とステージに現れました。また一段と大人っぽくなっていた龍くん。男のコってどんどん、どんどん、変わっていくんだなあ。もういくつもステージをこなしている龍くんです、ほんとうに堂々としていました。なんだか楽しそうな笑みさえ浮かべていました。彼はいつでも、ステージに上がると楽しそうな顔をするのですが。ちょっと照れ笑いにも見えます。最後にテレビで龍くんの映像を見たときは、ワカモノっぽくぷくぷくしていたのですが、今日はすっきりとして青年の風格が漂っていました。黒いスーツと白いネクタイが、なおさら彼をすっきりと見せました。

そんな17歳の青年が、その手に携えたちょっと長めの弓を弦に落とすと、その発せられた音と共に一瞬にして別な生き物にでもなったんじゃないかっていうくらい不思議な魅力を讃えるのです。

オープニングは、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番。「エクス・ピエール・ローデ」の音がホールに響いた瞬間、鳥肌が立ちました。どうすればヴァイオリンからあんな音が出るの?!と思いました。そこから演奏を聴いている間はほとんど呼吸ができないほどに引き込まれてしまいました。

一度聴いたら忘れられない、五嶋龍の音。ヴァイオリンってこんな音を出すことができるの?!という音がホールじゅうに溢れ出します。おもわず「わぁ…!」と言ってしまいそうになりました。音だけじゃありません。その表現。まだ17年しか人生を体験していないとは思えないものがありました。思わず、自分の三十ウン年を振り返り、ぞっとすらしました。

リヒャルト・シュトラウスのヴァイオリンソナタ変ホ長調作品18。あれ、さっきは左足を前にして弾いていたのに、今度は右足が前に。そんな表現もあるのか、と、全身を使って奏でているんだなあと改めて思いました。空手をやっているからか、運動神経がいいのか、カラダをとてもしなやかに使っているのが見て聞いてとれました。それともあれが、若い青年の持っている輝きというものなのだろうか、と思いました。

休憩時間になっても席を立つことができませんでした。

ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調作品100。テレビで聞いたことのある曲でした。この曲は有名な曲なので、いろいろな人が演奏したのを聞いたことがあるけど、龍くんの解釈が好きです。悲壮感すら突き抜けて感じる。パンフレットに、お父様が指導してくださった曲だとありました。

一度生で聞いてみたかった、武満徹の悲歌。龍くんの演奏なら本望です。構えてから最初の音が来るまで、長く時をためていました。あれどうしちゃったんだろと思うくらい長く。そして発せられた最初の音の、なんと哀しい音だったことか。涙が流れるときって、あんな音がするのかもしれないね。

この曲はCDにも収録されている曲ですが、今日の演奏はなにか訴えてくるものが強かった。ただ生だからそう感じたというのではない気がしました。あのCDを収録したときからそれなりに年月が経った、ということではないでしょうか。その間に、この青年は、大きく成長したということではないでしょうか。

ラヴェルのツィガーヌ。新しい曲を、新しい感性が弾くとこうなるのか、と軽いショックと感動を覚えずにはいられない演奏でした。最後の最後にきて難しい演奏ですが、じつにのびのびと演じきりました。のびのびというか、どちらかというと、鬼気迫る、といった感じがしました。演奏が終わりお辞儀をしたときに、鬼からやさしい笑顔の一人の青年に戻ったような感じがして、それが、何故か涙が出そうになりました。

もう、肩が外れるんじゃないかっていうくらい、拍手をしました。アンコールに出て来た龍くんは、ジャケットを脱いで、腕まくりをしていました。意外なほどぶっといしかしきれいな腕! 人間の腕ってちゃんと使うとあんな形になるんだ、と思いました。曲は、サラサーテツィゴイネルワイゼンでした。さっきまであれだけ弾いたのに、途切れぬ体力と集中力。ところどころに、龍くんとマイケルさんのちゃめっ気が光るステキな演奏でした。アンコールにふさわしい、というと変ですけど、「本戦」では見られない演奏だなあと思いました。

アンコールの拍手は鳴り止みません。背筋のぴっと伸びた青年は、なんどもなんどもステージに現れ、手を振り、お辞儀をしました。その所作のひとつひとつがきらきらしていて、生命力にあふれているようでした。最後の最後、舞台袖で小さくガッツポーズをした龍くん。あはは、そうでなくっちゃね、17歳ったら、それくらいのことはしなくちゃね!

ホールから外に出たら、なにか、自分のそこいらへんにまとわりついていたものがどっと流れ出していくような感じがして、慌ててベンチに腰を下ろしたら、涙が出ました。

これから、もっといろんな体験をして、もっと成長していくであろうこの青年の前途が、輝かしい航海であることを願って、そして期待してやみません。そして、見て来たこと聞いて来たこと、また、私にもちょっと分けてね、龍くん。